期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%

主義・運動

創作版画

そうさくはんが

創作版画(そうさくはんが)は、画家がみずから下絵を描き、版を彫って摺る「自画・自刻・自摺」の版画、またそれを掲げて明治の末から太平洋戦争の前まで日本の版画の主流となった運動。浮世絵以来の絵師・彫師・摺師の分業を守った新版画とは、この点で区別される。1904年(明治37年)に雑誌『明星』に「刀画」として載った山本鼎の木版画《漁夫》が始まりとされ、山本が石井柏亭・森田恒友と創刊した『方寸』(1907〜11年)が普及を助けた。大正の初めには恩地孝四郎・田中恭吉・藤森静雄が木版画と詩の雑誌『月映』を出し、1918年に日本創作版画協会が結成されて、1931年に日本版画協会へ引き継がれた。

出典: artscape「現代美術用語辞典」の「創作版画(運動)」(木戸英行、2009年、2026-10-11 取得) https://artscape.jp/dictionary/modern/1198444_1637.html、国立新美術館アートコモンズ「開館20周年記念 版の美Ⅳ 創作版画の系譜 青春と実験の季節」茅ヶ崎市美術館 会場(2019年2〜3月)の展覧会概要(2026-10-11 取得) https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/60456、ja.wikipedia「創作版画」(2026-09-19 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/創作版画、長野県公式観光サイト Go! NAGANO「近代日本画家の情熱が刻まれた創作版画の世界を堪能!」(2026-10-11 取得) https://www.go-nagano.net/tradition-and-culture/id17933、国立新美術館アートコモンズ「日本近代の青春 創作版画の名品」宇都宮美術館 会場(2010年11月〜2011年1月、和歌山県立近代美術館ほか主催)の展覧会概要(2026-10-11 取得) https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/29338、コトバンク「方寸」(改訂新版 世界大百科事典(中島理寿)・日本大百科全書(永井信一)・ブリタニカ国際大百科事典、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/方寸-132213、国立新美術館アートコモンズ「コレクション名品展 月映」須坂版画美術館・平塚運一版画美術館 会場(2016年9〜11月)の展覧会概要(2026-10-11 取得) https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/51859、コトバンク「日本創作版画協会」(改訂新版 世界大百科事典(原田実)・世界大百科事典(旧版)、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/日本創作版画協会-1193069、コトバンク「創作版画」(百科事典マイペディア・世界大百科事典(旧版)、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/創作版画-847896

年表・沿革

  1. 1904

    • 山本鼎がみずから彫った木版画《漁夫》が雑誌『明星』に「刀画」の名で載り、のちに創作版画の始まりとされた。
  2. 1907

    • 5月、石井柏亭・山本鼎・森田恒友が美術文芸雑誌『方寸』を創刊し、1911年に35冊で終わるまで、同人がみずから描いて刷った石版画や木版画を載せた。
  3. 1914

    • 9月、恩地孝四郎・田中恭吉・藤森静雄が、自刻の木版画と詩の雑誌『月映』を洛陽堂から出し始め、翌年11月の第7集まで続けた。
  4. 1918

    • 山本鼎・織田一磨・戸張孤雁・寺崎武男らが日本創作版画協会を結成し、翌年の第1回展から1928年までに8回の展覧会を開いた。
  5. 1927

    • 帝展が第8回展ではじめて版画の出品を受け入れた。
  6. 1931

    • 日本創作版画協会が洋風版画会や無所属の作家と合わさり、日本版画協会になった。
  7. 1935

    • 東京美術学校に版画教室が新しく設けられ、平塚運一が木版画を教えた。
  8. 1951

    • 第1回サンパウロ・ビエンナーレで、斎藤清と駒井哲郎の版画が受賞した。

関連人物

  • 山本鼎 1904〜

    1904年に自画・自刻の木版画漁夫を雑誌『明星』に出して創作版画の始まりとされ、1918年に日本創作版画協会を興した。

  • 『方寸』の創刊同人
    森田恒友 1907〜

    洋画家。『方寸』に多くの挿絵や随筆、評論を寄せた

  • 石井柏亭 1907〜

    1907年に山本鼎・森田恒友と美術雑誌『方寸』を創刊し、自画・自刻・自摺を掲げる創作版画の運動を起こした一人。

  • 平福百穂 1908〜

    1908年から美術雑誌『方寸』の同人(編集同人)となり、創作版画の初期の場に加わった。

  • 坂本繁二郎 1909〜

    1909年から美術雑誌『方寸』の同人となり、同人が自画・自刻の版画を載せた創作版画の初期の場に加わった。

  • 織田一磨 1909〜

    1909年に美術雑誌『方寸』の同人となって石版による創作版画を発表し、1918年に山本鼎らと日本創作版画協会を創立した。

  • 長谷川潔 1913〜

    渡仏前の1913年から文芸雑誌『仮面』の同人として自画・自刻の木版画を発表し、初期の創作版画を担った。

  • 『月映』の同人
    田中恭吉 1914〜

    1915年に結核のため郷里の和歌山で没した。遺作は萩原朔太郎の詩集『月に吠える』の装画に使われた

  • 『月映』の同人、日本創作版画協会の創立会員
    藤森静雄 1914〜

    のちに「新東京百景」を分担して制作した

  • 恩地孝四郎 1914〜

    1914年に田中恭吉・藤森静雄と自画・自刻の木版画と詩の雑誌『月映』を出し、1918年の日本創作版画協会の結成にも加わった、創作版画の先駆者の一人。

  • 日本創作版画協会の創立会員
    戸張孤雁 1918〜

    彫刻家。木版画に《玉乗り》がある

  • 日本創作版画協会の創立会員
    寺崎武男 1918〜

    イタリアでエッチングを学び、帰国後その普及に努めた

  • 日本創作版画協会の会員
    永瀬義郎 1918〜

    1922年に『版画を作る人へ』を著した

  • 日本創作版画協会の創立会員
    石井鶴三 1918〜

    彫刻家。のちに日本版画協会の会長を務めた

  • 前川千帆 1919〜

    1919年の日本創作版画協会の第1回展に木版画《病める猫》を出し、以後も協会の会員として創作版画を作った。

  • 川上澄生 1922〜

    1922年に日本創作版画協会展に初入選し、のち協会の会員となって、自画・自刻・自摺の創作版画を作った。

  • 平塚運一 1924〜

    伊上凡骨に木版を学んで1916年から木版画を発表し、1924年に日本創作版画協会の会員となって、自画・自刻・自摺の創作版画の確立と普及に努めた。

  • 畦地梅太郎 1927〜

    1927年に日本創作版画協会展に入選して版画家となり、平塚運一に学んで山を描く木版画を作った。

  • 奥山儀八郎 1928〜

    1928年に日本創作版画協会展に初入選し、広告版画のかたわら創作版画を手がけた。

  • 徳力富吉郎 1929〜

    1929年に浅野竹二らと京都創作版画協会を創立し、自刻自摺の創作版画を作った。

  • 浅野竹二 1929〜

    1929年に京都創作版画協会の結成に加わり、名所絵の新版画と並行して自画・自刻・自摺の創作版画を作った。

  • 関野凖一郎 1939〜

    1939年に恩地孝四郎に師事して一木会の創立に加わり、戦後の創作版画の主要な作家の一人とされる。

  • 創作版画の運動の中心的な作家の一人とされる。1951年から三越で「斎藤清創作版画展」を毎年開いた。

  • 1909年に銅版画家として来日して白樺派の青年たちに銅版画を教え、1919年の日本創作版画協会の第1回展に出品した。

  • 昭和の初めに平塚運一に木版を学び、日本創作版画協会展や国画会展に版画を出した。

  • 平塚運一に木版画を学び、恩地孝四郎の一木会に加わった、典型的な創作版画のグループの作家とされる。

  • 戦後、父の吉田博の写実から離れて1952年から抽象の木版画を作り、創作版画の作家に数えられる。

関連