団体
无声会
むせいかい
无声会(むせいかい)は、1900年(明治33年)に川端玉章の門下だった結城素明・平福百穂・福井江亭・島崎柳塢・大森敬堂らが東京で結成した日本画の団体。日本美術院の理想主義に対して自然主義を掲げ、西洋画の写生を研究して、日常の情景を写実的にとらえる新しい日本画を目指した。3月に上野公園で第1回展を開き、初めは春と秋に、のちには間をおいて展覧会を重ね、1913年(大正2年)4月の第13回展を最後に解散した。
出典: ja.wikipedia「无声会」(2026-07-16 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/无声会、国立アートリサーチセンター「日本アーティスト事典(DAJ)」无声会(アートプラットフォームジャパン、最終更新 2024-03-12、2026-10-11 取得) https://artplatform.go.jp/ja/artists/A5346、「結城素明」『日本美術年鑑』昭和33年版、東京文化財研究所 物故者記事(略年譜つき、2026-10-11 取得) https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8853.html、ja.wikipedia「島崎柳塢」(2026-04-04 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/島崎柳塢、コトバンク「无声会」(世界大百科事典(旧版)内の言及「明治・大正時代美術」「平福百穂」、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/无声会-1425072、コトバンク「平福百穂」(日本大百科全書(原田実)・改訂新版 世界大百科事典・20世紀日本人名事典・旺文社日本史事典 三訂版ほか、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/平福百穂-14824
年表・沿革
1900
- 川端玉章の門下だった結城素明・平福百穂・福井江亭・島崎柳塢・大森敬堂・渡辺香涯らが、日本美術院の理想主義に対して自然主義を掲げて結成した。
- 3月、上野公園五号館で第1回展を開いた。
1904
- このころから、初めは春と秋に開いていた展覧会が間をおいて開かれるようになり、1905・1906・1908・1909年には開かれなかった。
1913
- 4月の第13回展を最後に解散した。
1915
- 解散後、平福百穂・川端龍子・名取春仙が小川芋銭・小川千甕・山村耕花らを加えて珊瑚会をつくり、第1回展を開いた。
関連人物
- 創立会員 福井江亭 1900〜
川端玉章の門人。1898年の日本画会の結成にも加わった
- 創立会員 島崎柳塢 1900〜
松本楓湖に学んだのち川端玉章の門人となった。美人画を得意とした
- 創立会員 大森敬堂 1900〜
川端玉章の門人で、結城素明とともに東京美術学校に学んだ。1911年に没した
- 創立会員 渡辺香涯 1900〜
高橋玉淵と川端玉章に学び、のちに東京美術学校の教授を務めた
- 結城素明 1900〜1913
川端玉章の門下の平福百穂・福井江亭・島崎柳塢らと結成し、院展派の理想主義に対して自然主義を唱えた。1900年3月に第1回展を開き、1913年4月の第13回展まで続いた。
- 平福百穂 1900〜1913
川端玉章の門下の結城素明・福井江亭らと結成し、院展派の理想主義に対して自然主義を唱えた。1913年の第13回展を最後に解散した。
