団体
金鈴社
きんれいしゃ
金鈴社(きんれいしゃ)は、大正時代の日本画の研究団体。1916年(大正5年)、美術雑誌『中央美術』を主宰する田口掬汀の呼びかけで、結城素明・鏑木清方・吉川霊華・平福百穂・松岡映丘の5人が結成した。行き詰まっていた文展とは別に自由に作品を発表する場を持つことを趣旨とし、規約や主義は定めず、会場で目立つ大作ではなく家に飾れる作品を原則とした。1917年2月に三越本店で第1回展を開き、毎月の研究会や、芥川龍之介らを招いた講演会も催して、1922年の第7回展ののち6月に解散した。
出典: コトバンク「金鈴社」(日本大百科全書(佐伯英里子)・世界大百科事典(旧版)内の言及、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/金鈴社-1303925、ja.wikipedia「金鈴社」(2022-05-25 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/金鈴社、「結城素明」『日本美術年鑑』昭和33年版、東京文化財研究所 物故者記事(略年譜つき、2026-10-11 取得) https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8853.html
年表・沿革
1916
- 5月、美術雑誌『中央美術』を主宰する田口掬汀の呼びかけで、結城素明・鏑木清方・吉川霊華・平福百穂・松岡映丘の5人が結成した。
1917
- 2月、東京の三越本店で第1回展を開いた。
- 11月に第2回展を開き、その後も1922年まで毎年展覧会を開いた。
1922
- 第7回展を開いたあとの6月に解散した。
関連人物
- 発起人 田口掬汀 1916〜
美術雑誌『中央美術』の主宰者。もとは家庭小説で知られた小説家で、5人に呼びかけて会をつくった
- 創立会員 吉川霊華 1916〜
会の名を付けた
- 創立会員 松岡映丘 1916〜
1921年に新興大和絵会を創設した
- 結城素明 1916〜1922
雑誌『中央美術』を主宰する田口掬汀の呼びかけで、鏑木清方・吉川霊華・平福百穂・松岡映丘と5人で結成した。1917年2月に三越本店で第1回展を開き、1922年の第7回展ののち、6月に解散した。
- 平福百穂 1916〜1922
雑誌『中央美術』を主宰する田口掬汀の斡旋で、結城素明・鏑木清方・吉川霊華・松岡映丘と結成した5人の会。1917年2月に三越本店で第1回展を開き、1922年の第7回展を最後に解散した。
- 創立会員 鏑木清方 1916〜1922
雑誌『中央美術』を主宰する田口掬汀の呼びかけで、結城素明・吉川霊華・平福百穂・松岡映丘と5人で結成した。1917年の第1回展に《薄雪》を出し、1921年の第6回展に出した《雨月物語》は、清方の唱えた「卓上芸術」の始まりとされる。1922年の第7回展まで出品した。
