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月岡芳年

月岡芳年

つきおか よしとしTsukioka Yoshitoshi
120 作品

月岡芳年(1839〜1892)は、芝居の残酷な場面を描いて「血みどろ絵師」と呼ばれた浮世絵師である。晩年には、月を題に歴史や物語を描いた「月百姿」や、「新形三十六怪撰」を手がけた。

江戸に生まれ、嘉永3年(1850年)、12歳で歌川国芳に弟子入りした。15歳で最初の挿絵と錦絵を発表する。慶応2年(1866年)から翌年にかけては、兄弟子の落合芳幾と「英名二十八衆句」を競作した。全28図を14図ずつ分担し、題材の大半を芝居の残酷な場面に求めた。このシリーズでは、血を表す染料に膠を混ぜ、光沢を出している。

慶応4年(1868年)には、弟子とともに上野へ出向き、彰義隊と官軍の戦いを取材した。その後に出した「魁題百撰相」は65枚のシリーズである。一方、明治10年(1877年)の西南戦争は、現地へ行かず、想像で描いた。

明治3年(1870年)ごろから神経衰弱で作品が減り、明治5年(1872年)には制作を一時やめた。翌年に立ち直ると、蘇りを期して大蘇芳年と名乗った。その後は菊池容斎に私淑して歴史画を学び、新聞の事件を錦絵にする仕事も始めている。

明治16年(1883年)の藤原保昌月下弄笛図は、前年の第1回内国絵画共進会に出した絹本の絵を、三枚の版画を横につないだ作品にしたものだ。「今昔物語集」「宇治拾遺物語」の説話に基づく。盗賊の袴垂は、笛を吹く藤原保昌を襲おうとするが、その気配に押されて動けない。

明治18年(1885年)、奥州安達がはらひとつ家の図などを描いた芳年は、人気番付「東京流行細見記」で浮世絵師の筆頭に挙げられた。同じ年に刊行が始まった「月百姿」は、月を題に、歴史や物語、能や歌舞伎の場面を描いた100点のシリーズである。明治21年(1888年)の「風俗三十二相」では、寛政年間から明治までの女性を描き分けた。

明治24年(1891年)、再び神経を病んだ。「月百姿」の最後の数点は、弟子が版下絵に手を加えて仕上げた。明治25年(1892年)6月9日、53歳で没し、「新形三十六怪撰」は没後に完結した。

門人の水野年方から、その弟子の鏑木清方へと系譜は続く。清方の門からは、伊東深水や川瀬巴水が出た。

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