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月岡芳年西郷隆盛切腹図
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明治10年(1877年)9月24日、西南戦争に敗れた西郷隆盛は、鹿児島の城山で被弾し、別府晋介に首を打たせて自害した。この三枚続は、それとは違う最期を描いている。
右上の詞書によれば、西郷・桐野利秋らは延岡が落ちたあと日向の山中に退き、8月18日に江ノ嶽から官軍の囲みを破って鹿児島へ入った。その後、西郷は桐野・村田新八とともに港から舟で漕ぎ出したが、海軍の囲みが厳しく、覚悟を決めて腹を切ったという。末尾には「明治十年九月廿四日午前九時三十分」の日時があり、同県からの電報によると結ぶ。
左の洋式の艦隊は、この海軍の囲みと読める。芳年は「応需 大蘇芳年」と署名している。









