団体
日本美術報国会
にほんびじゅつほうこくかい
日本美術報国会(にほんびじゅつほうこくかい)は、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)5月、大政翼賛会文化部が文部省と情報局の協力を得て、日本の美術家を一つにまとめるために創立した社団法人で、美報と略された。会長は横山大観で、日本画・油絵・彫塑・工芸などの部を置き、資材を統制する日本美術及工芸統制協会と表裏一体となって、戦争美術の振興(「彩管報国」)に努めた。美術家はこの二つに加わらなければ、制作の資材の配給を受けられなかった。敗戦後の1945年10月、官製団体としての性格を取り払うために解散した。
出典: 東京文化財研究所 美術界年史(彙報)「日本美術報国会創立」(1943年5月、2026-10-11 取得) https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/5440.html、artscape「Artwords 日本美術及工芸統制協会・日本美術報国会」(足立元、2024年3月11日更新、2026-10-11 取得) https://artscape.jp/artword/6463/、東京文化財研究所 美術界年史(彙報)「美報解散」(1945年10月、2026-10-11 取得) https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/5501.html
年表・沿革
1943
- 5月18日、大政翼賛会文化部が文部省・情報局の協力を得て創立総会を開き、会長に横山大観、第一部(日本画)の部会長に野田九浦、幹事長に山口蓬春を決めた。
- 同じ日、美術の資材の配給などを統制する日本美術及工芸統制協会が、表裏一体の団体として創立された。
- 新たに結成された日本版画奉公会が、漫画・挿絵とともに第五部を組織した。
- 7月、全日本彫塑家連盟が解散し、その文化面は日本美術報国会に、資材面は日本美術及工芸統制協会に引き継がれた。
1944
- 情報局の「美術展覧会取扱要綱」により、美術報国会が主催・共催するもののほかの展覧会は、情報局の承認が要ることになった。
- 10月、主催する展覧会で、「軍人援護」という課題を決めて美術家に出品を頼む課題制作を試みた。
1945
- 10月4日の理事会で、官製団体としての性格を取り払って自主的な活動に入るため、解散を決めた。
関連人物
- 第二部(油絵)の部会長 辻永 1943〜
- 第二部(油絵)の幹事長 木村荘八 1943〜
- 第三部(彫塑)の部会長 石井鶴三 1943〜
- 第三部(彫塑)の幹事長 加藤顕清 1943〜
- 第四部(工芸)の部会長 高村豊周 1943〜
- 第四部(工芸)の幹事長 山崎覚太郎 1943〜
- 野田九浦 1943〜1945
創立で第一部(日本画)の部会長となり、理事を兼ねた。1945年10月の理事会で解散が決まった。
- 理事 児玉希望
表裏一体の日本美術及工芸統制協会では理事長を務めた
