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月岡雪鼎藤娘
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藤娘は、大津で作られた民画「大津絵」の人気の画題だった。大津絵は縁起物とされ、良縁を願う人が藤娘の絵を買い求めたという。雪鼎はこの画題を絹に描く美人画に仕立てた。大津絵の藤娘は藤の花模様の着物を着るが、この絵では車の文様が選ばれている。
上部の賛は「又平の水くきあと」と「月岡の筆」を詠み込み、「嘉栗」と署す。又平は、大津絵と浮世絵を始めたと伝えられる人物で、賛はその筆の心で雪鼎が美人を描いたと詠んでいる。落款は「法橋月岡雪鼎戯画」である。法橋だった明和2年(1765年)から安永7年(1778年)までの作と考えられ、舞踊「藤娘」が江戸の中村座で初演される文政9年(1826年)より半世紀ほど早い。クラーク日本美術・文化センターが寄贈し、ミネアポリス美術館に入った。









