様式
ゴシック
ごしっく
ゴシック(ごしっく)は、12世紀中ごろに北フランスのイル・ド・フランス地方で生まれ、ロマネスクに続いて15世紀過ぎまで(地域によっては16世紀まで)ヨーロッパ各地で栄えた美術の様式。中心は都市の大聖堂の建築で、尖頭アーチ、リブ・ボールト、フライング・バットレスを組み合わせて壁を薄くし、高くそびえる堂内を大きなステンドグラスの光で満たした。彫刻や絵画もロマネスクより写実的になり、14世紀後半からは王侯の宮廷を中心に、優雅で繊細な国際ゴシック様式が広まった。名は、ルネサンス期のイタリアの文化人が北方の教会建築を、ローマ帝国を滅ぼした「ゴート人の」様式と蔑んで呼んだことに由来する。
出典: コトバンク「ゴシック美術」(改訂新版 世界大百科事典(吉川逸治)・日本大百科全書(濱谷勝也)・百科事典マイペディア・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、2026-10-12 取得) https://kotobank.jp/word/ごしつく美術-3152503、コトバンク「国際ゴシック様式」(改訂新版 世界大百科事典(冨永良子)、2026-10-12 取得) https://kotobank.jp/word/国際ごしつく様式-3180664、Encyclopaedia Britannica「Gothic art」(2026-10-12 取得) https://www.britannica.com/art/Gothic-art、ja.wikipedia「ゴシック」(2026-05-01 版、2026-10-12 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/ゴシック
年表・沿革
1144
- サン・ドニ修道院長シュジェールが改築した修道院聖堂の祭室部(内陣)が完成し、最初のゴシック建築とされた。
1163
- パリのノートル・ダム大聖堂が、司教モーリス・ド・シュリのもとでゴシック様式で着工された。
1194
- シャルトル大聖堂が火災で損なわれ、焼け残った西正面と塔を生かしてゴシック様式で建て直され始めた。
1211
- 前年の火災のあとランス大聖堂の再建が始まり、シャルトル、アミアンとともに盛期ゴシック建築の典型となった。
1248
- ケルン大聖堂が起工され、のちに北ヨーロッパ最大のゴシック聖堂となった。
1386
- ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの発案でミラノ大聖堂が起工され、イタリア最大のゴシック建築となった。
1416
- ベリー公とランブール兄弟が世を去り、国際ゴシック様式の代表作《いとも豪華なる時祷書》の制作が中断した。
関連人物
- サン・ドニ修道院長 シュジェール 1122〜
ルイ6世とルイ7世の政治顧問も務めた。修道院聖堂の改築に全ヨーロッパから建築家・彫刻家・工芸家を呼び集め、1144年に祭室部を完成させて、ゴシック芸術の基を開いた。
- 建築家 ヴィラール・ド・オヌクール
13世紀前半に活躍したフランスの建築家。ランスやシャルトルなどの聖堂を写した素描と文からなる画帳《アルバム》が残り、当時の建築家が羊皮紙に記した平面図や立面図を今に伝える。
- 画家 シモーネ・マルティーニ
シエナ派の画家。ゴシック様式に優美な装飾性と情緒的な表現を加え、晩年を過ごしたアヴィニョンで南北の様式の融合を進めて、国際ゴシック様式の誕生にかかわった。
- 写本画家 ランブール兄弟
ネーデルラント出身のポール、ヘルマン、ジャンの兄弟。ベリー公のために描いた《いとも豪華なる時祷書》の月暦画は、国際ゴシック様式の代表作とされる。
- 彫刻家 クラウス・スリューテル
ネーデルラント出身で、ブルゴーニュ公の宮廷彫刻家。ディジョン郊外のシャンモール修道院の《モーセの井戸》で彫刻を建築から独立させ、ゴシック末期の北ヨーロッパ最大の彫刻家とされる。
- 美術史家 エルヴィン・パノフスキー
ドイツ生まれの美術史家。ゴシック聖堂の平面と構造が、同じ時代のスコラ学の哲学体系に一致することを論じた。
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ゴシックとプロト・ルネサンスの時代のイタリアの画家で、ルネサンスの先駆者ともされる。
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初期の作は、ロレンツォ・モナコのゴシック風から出発し、ゴシックの様式を保っていたとされる。
