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団体

ダイヤのジャック

だいやのじゃっく

ダイヤのジャック(だいやのじゃっく)は、1910年12月にモスクワで開かれた同名の展覧会から生まれ、1911年から1917年まで活動した美術家の団体で、ロシア語では Бубновый валет という。名はミハイル・ラリオーノフが付けたが、ラリオーノフの一派は会ができる前に離れ、1912年に「ろばの尻尾」展を開いた。ピョートル・コンチャロフスキーやイリヤ・マシュコフらセザンヌに学んだ画家が中心で「モスクワのセザンヌ派」と呼ばれ、フランスのキュビストやドイツの表現主義者の作品も並べる展覧会を重ねて、ロシア・アヴァンギャルドで最も大きな団体の一つになった。

出典: 『ロシア・アヴァンギャルド百科』オンライン版「«Бубновый валет»」(А・Д・サラビヤノフ、2026-10-12 取得) https://rusavangard.ru/online/history/bubnovyy-valet/、ru.wikipedia「Бубновый валет」(2026-05-15 版、2026-10-12 取得) https://ru.wikipedia.org/wiki/Бубновый_валет、ja.wikipedia「ダイヤのジャック」(2023-08-04 版、2026-10-12 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/ダイヤのジャック、コトバンク「ロシア・アバンギャルド」(日本大百科全書(亀山郁夫)、2026-10-12 取得) https://kotobank.jp/word/ろしああばんぎやるど-3176265

年表・沿革

  1. 1910

    • 12月10日、モスクワのボリシャヤ・ドミトロフカ通りのレヴィソン邸で、ラリオーノフが名付けた展覧会「ダイヤのジャック」が開かれ(1911年1月16日まで)、カンディンスキーやフランスのキュビストの作品も並んだ。
  2. 1911

    • 1月3日、第1回展の会期中にラリオーノフが新聞で決別を告げ、自分の一派の展覧会「ろばの尻尾」を予告した。
    • 11月1日に定款が認められて会が発足し、ピョートル・コンチャロフスキーが会長、イリヤ・マシュコフが書記、アレクサンドル・クプリンが会計になった。
  3. 1912

    • 1月25日、モスクワのヴォズドヴィジェンカ通りで、会として初めての展覧会を開いた。
  4. 1913

    • 1月、ロベルト・ファリクが役員に、タトリンとアレクセイ・モルグノフが正会員に選ばれ、4月にはフランスの画家を大勢交えた展覧会をペテルブルクで開いた。
  5. 1916

    • 3月、コンチャロフスキーとマシュコフが「芸術世界」へ移り、クプリンが会長になって、マレーヴィチらが役員に加わった。
  6. 1917

    • 10月にマレーヴィチが会長に選ばれたが、会の名を改める提案を退けられたタトリンの一派が去り、古くからの会員も続いて、12月の最後の展覧会を最後に活動を終えた。
  7. 1927

    • 3月、トレチャコフ美術館で「ダイヤのジャック」の画家たちの回顧展が開かれた。

関連人物

  • 命名者
    ミハイル・ラリオーノフ 1910〜

    1910年の展覧会の名を付けたが、会ができる前に自分の一派と離れ、1912年に「ろばの尻尾」展を開いた

  • 第1回展の出品者
    ナタリア・ゴンチャロワ 1910〜

    第1回展では宗教を主題にした作品が撤去された。夫ラリオーノフの一派とともに会を離れた

  • 第1回展の組織者
    アリスタールフ・レントゥーロフ 1910〜

    1912年から役員を務め、1917年に会を去った。名を自分とラリオーノフの発案としていた

  • 会員
    ダヴィド・ブルリューク 1910〜

    兄弟のヴラジーミルとともに会の始まりに加わった。ロシア未来派のオルガナイザーとしても活躍した

  • 創立会員・会長
    ピョートル・コンチャロフスキー 1911〜

    1911年の発足から会長を務め、1916年にマシュコフとともに「芸術世界」へ移った

  • 創立会員・書記
    イリヤ・マシュコフ 1911〜

    1916年にコンチャロフスキーとともに「芸術世界」へ移った

  • 創立会員・会計
    アレクサンドル・クプリン 1911〜

    1916年に会長になり、1917年に会を去った

  • 創立会員
    ワシーリー・ロジェストヴェンスキー 1911〜

    発足時から役員を務め、1917年に会を去った

  • 会員
    ロベルト・ファリク 1911〜

    発足時の監査委員。1913年1月に役員に選ばれ、1917年に会を去った

  • 名誉会員
    セルゲイ・シチューキン 1911〜

    モスクワの実業家・美術収集家で、マティスやピカソなど近代フランスの絵を多く集めた

  • 正会員

    1912年からモスクワの展覧会に出品し、1913年1月13日、アレクセイ・モルグノフとともに「ろばの尻尾」と手を切って正会員になった。同年4月には、この会がペテルブルクで開いた展覧会にも出品した。

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