詩人の野口雨情は、水戸の新聞記者に「河童は天下一品です」と教えられるまで、小川芋銭を俳人だと思っていた。芋銭は牛久沼のほとりに暮らし、「河童の芋銭」と呼ばれた日本画家である。 慶応4年(1868年)、江戸赤坂溜池の牛久藩邸に生まれた。父は藩の大目付だった。明治4年(1871年)の廃藩置県で一家は牛久に移り、農業を営んだ。 絵の出発点は洋画だった。
1921・紙本墨画/掛幅
1921・絹本着色/掛幅