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御上洛東海道 四日市
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歌川芳艶歌川芳艶

御上洛東海道 四日市

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文久3年(1863年)、14代将軍徳川家茂は、3000人にのぼる武装行列を従えて京へ上った。この旅を東海道の名所に描いたのが、160枚を超えるシリーズ「東海道名所風景」である。ほとんどの図に行列や武士が描かれ、「御上洛東海道」の通称で呼ばれる。この一枚は四日市の図だ。

シリーズの目録では、画工の欄に「一英斎芳艶、門人 艶長」と並ぶ。画中の題は右上の朱の枠に「東海道 四日市」とあり、四日市は東海道の宿場である。左の瓢箪形の枠には「一英斎芳艶画」の署名、左下には出版元・辻岡屋文助の印「辻文版」がある。丸い印「亥四改」から文久3年4月に出たと分かり、将軍が京に入ってまもない頃にあたる。

この摺りには題の左に「四日市乃驛風景」の字があるが、国会図書館の摺りにはない。同じ図でも、摺りによって字のあるものとないものがある。

ジャンル
和・アジアン
作品種別
版画
技法
木版多色刷/大判
制作年(画)
1863
作品サイズ
36.04 × 24.13 cm

作家プロフィール

歌川芳艶
歌川芳艶

嘉永の末(1850年代の初め)の江戸では、歌川芳艶と歌川国輝が競って描いた刺青の下絵が「芳艶の児雷也、国輝の狐忠信」ともてはやされた。芳艶は「武者絵の国芳」とうたわれた歌川国芳の門人で、自身も武者絵を得意とした。浅草奥山の生き人形の看板絵や、髪結床に掛ける長暖簾でも知られる。 文政5年(1822年)、江戸の本町二丁目で「十ノ字」と呼ばれた駕籠屋に生まれた。

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