期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%
土佐光起

土佐光起

とさ みつおきTosa Mitsuoki
7 作品

堺の町で生まれ育ったというだけで、この人の出発点がどれほど厳しいものだったかが分かる。土佐派は本来、宮廷絵所預という由緒ある地位を担ってきた一族だが、光起の代には都を離れ、家格も傾きかけていた。若き光起はまず堺で腕を磨き、のちに京へ上って一族の再興を志す。単に伝統の型を受け継ぐだけでは足りないと分かっていたのだろう、彼は同時代に台頭していた狩野探幽らの画法や、渡来した中国絵画の写実性にも目を向け、貪欲に技術を取り込んでいった。

光起の花鳥画を見ると、羽毛の一枚一枚、花びらの反り返りまでが息を呑むほど克明だ。絵具を盛り上げて質感を出す「盛り上げ」の技法を巧みに操り、平面の中に触れられそうな量感を作り出す。それでいて大和絵らしい優雅な色彩と装飾性を失わない、両者の折衷が光起の真骨頂といえる。代表作《後水尾天皇像》に見られる肖像画の緻密さ、《文正草子絵巻》などの物語絵、そして数多くの花鳥図——どれも観察に裏打ちされた確かな筆致で描かれている。

1654年、光起は宮廷絵所預に復帰し、これは土佐派にとって悲願の達成だった。以後、朝廷や公家からの信頼は厚く、一門の工房は再び活気を取り戻す。息子の光成をはじめ弟子たちを育て、断絶しかけていた大和絵の伝統を近世にしっかりと繋ぎ止めた功績は大きい。狩野派が武家社会で幅を利かせる時代にあって、宮廷絵画の系譜を守り抜いた最後の砦のような存在だった。

土佐光起の作品をお持ちですか?

Cugiraで出品してみませんか?

出品する
7件