版元
土井版画店
どいはんがてん
土井版画店(どいはんがてん)は、土井貞一が関東大震災の翌年の1924年に上野御成道(今の神田末広町)で開いた、新版画の版元。先に成功していた渡辺版画店に続いて新版画に取り組み、川瀬巴水の版画12枚のあと、土屋光逸と組んで、1933年から1944年までに80点の風景版画を出した。太平洋戦争で輸出が止まっていったん廃業したが、1948年に次男の英一が再開し、2008年には株式会社になった。
出典: ja.wikipedia「土井版画店」(2022-09-04 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/土井版画店、ja.wikipedia「土井貞一」(2016-05-18 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/土井貞一、ja.wikipedia「土屋光逸」(2024-10-23 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/土屋光逸、en.wikipedia "Tsuchiya Koitsu"(2026-08-22 版、2026-10-11 取得) https://en.wikipedia.org/wiki/Tsuchiya_Koitsu、西山純子「「新版画」とは何か。国内有数のコレクションを持つ千葉市美術館の学芸員・西山純子に聞く」(美術手帖、2022年10月29日、2026-10-11 取得) https://bijutsutecho.com/magazine/insight/26219
年表・沿革
1924
- 関東大震災の翌年、土井貞一が上野御成道(今の神田末広町)に「エス・ドヰ版画店」を開いた。
1931
- 12月から翌年6月にかけて、川瀬巴水の版画12枚を出し、新版画に乗り出した。
1933
- 1月から土屋光逸と組み、1944年7月までに80点を出した。
1941
- 12月、太平洋戦争でアメリカへの輸出が止まり、東京の店を閉めて千葉の稲毛へ疎開した。1944年にいったん廃業し、創業者の貞一は翌1945年に没した。
1948
- 貞一の次男の土井英一が、文京区菊坂町に店を構えて再開した。
2008
- 6月、株式会社になった。
関連人物
- 創業者 土井貞一 1924〜
1876〜1945年。1903年から13年間、サンフランシスコで版画店を営んだのち、1924年に東京で土井版画店を開いた
- 戦後の再開者 土井英一 1948〜
貞一の次男。1948年に中国から帰還して店を再開し、1996年に78歳で没した
- 土屋光逸 作品 3 点



