版元
大黒屋(松木平吉)
だいこくや
大黒屋(だいこくや)は、江戸の両国吉川町にあった地本問屋で、代々の主人が松木平吉を名のった。「大平」と略して呼ばれ、1764年(明和元年)の開店と伝わる。明治に入ると4代目が小林清親の光線画「東京名所図」を出して知られ、5代目は歴史画や戦争絵、相撲絵、月岡耕漁の能楽図会などを手がけた。明治の末には小原古邨の花鳥画も出したが、関東大震災で店と版木の大半を失い、5代目が没した1931年に絶えた。
出典: ja.wikipedia「大黒屋平吉」(2025-10-13 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/大黒屋平吉、小山周子「明治期の錦絵版元の活動 ―当館所蔵小林清親「東亰江戸橋之真景」版木より―」(『東京都江戸東京博物館紀要』第9号、2019年3月、79〜88頁、2026-10-11 取得) https://edo-tokyo-museum.repo.nii.ac.jp/record/269/files/kiyo9_79-88.pdf、William Wetherall「Daikokusha Matsuki Heikichi: The anthropology of an Edo/Tokyo publishing house」(Yosha Bunko、2010-01-27 更新、2026-10-11 取得) https://www.yoshabunko.com/nishikie/articles/Daikokusha_Matsuki_Heikichi.html、Lyon Collection(woodblockprints.org)「Daikokuya Heikichi (大黒屋平吉)」(Andreas Marks の引用を含む、Wayback Machine 保存版、2026-10-11 取得) https://woodblockprints.org/index.php/Detail/entities/332、コトバンク「小林清親」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ほか、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/小林清親-16263、ja.wikipedia「小原古邨」(2026-06-22 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/小原古邨
年表・沿革
1764
- 両国吉川町で開店したと伝わる(1890年の引札に「明和元年」とある)。
1876
- 1月、小林清親の三枚続「東京江戸橋之真景」を出した。8月には光線画のシリーズ「東京名所図」を出し始め、清親は人気の絵師になった。
1885
- 4代目が家督を5代目に譲った。
1890
- 宣伝の引札に、古い絵を写して彫り直した出版や「絵画木版印刷は美術として」の言葉を載せ、米国や上海への輸出の実績にも触れた。
1906
- このころから1912年ごろにかけて、滑稽堂とともに小原古邨の花鳥画を出した。
1923
- 関東大震災で、吉川町の店と向島の版木蔵が焼け、ほとんどの作品と版木を失った。
1931
- 5代目が没し、大黒屋は絶えた。
























