富岡永洗が挿絵を描くかどうかで、「都新聞」の売れ行きが大きく違ったという。新聞の挿絵や、小説の巻頭を飾る美人の口絵で人気を集めた明治の絵師である。 元治元年(1864年)、信濃国松代の藩士の家に生まれた。本名は秀太郎。絵を描く父から手ほどきを受け、少年のうちに陸軍参謀本部の地図科に出仕した。製図の仕事で一家を支えながら、小林永濯に絵を学んだ。
1900
1898・木版画
1890・木版画
1900・木版画