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呉春白梅図屏風
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夜の白梅を包む青みは、藍色に染めた糸で織った絹の色だ。絹は横に継いで貼られ、その色むらが闇夜の景色に合っている。呉春が師の与謝蕪村の描き方から円山応挙の写生へ移り始めた寛政のはじめ、40歳前後の作と考えられる。重要文化財に指定されている。
この屏風は、六つに折りたためるものが左右二つで一組になる。一つの大きさは高さ1.7メートルあまり、幅3.7メートルあまりある。画像に写るのは右側の一つで、梅は1本、左側には2本ある。右に1本、左に2本という置き方は、応挙が雪晴れの松を描いた国宝《雪松図屏風》と同じだ。
日本近世絵画史の研究者・冷泉為人は、朝日に輝く応挙の雪の松を、呉春が月明かりの梅に変えたとみる。ほのかな光に細い枝が浮かび、遠くの枝が闇に消える表現から、漂う梅の香りを読み取っている。背景を描かず、刷毛で描いた土の盛り上がりと墨の濃淡で奥行きを出すのは応挙の影響で、細い枝を密に重ねる描き方には蕪村ゆずりの感覚が残る。









