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豊原国周初代市川左團次の平親王将門
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平将門(たいらのまさかど)は平安時代の関東の豪族で、朝廷に対抗して「新皇」を名乗り、天慶3年(940年)に討たれた。中世以降の伝説では「平親王」とも呼ばれる。右の札に「平親王将門」、その下に演じる役者「市川左団次」の名がある。初代左団次である。
左右の画面に灰色で描かれた将門たちは、術で作り出した分身、つまり影武者である。将門には自分とそっくりの影武者が6人いて、7人で行動したという伝説がある。本物を見分ける手がかりは、影武者には影が無いことだとも、女房の小宰相が漏らした、将門はこめかみだけが生身だという秘密だとも語られる。
赤い題の札は『前太平記』で始まる。江戸初期にできた通俗の歴史書で、歌舞伎の題材として盛んに使われた。署名は「応需 豊原国周筆」。この摺りは三枚続である。









