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初代市川左團次の平親王将門
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豊原国周豊原国周

初代市川左團次の平親王将門

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平将門(たいらのまさかど)は平安時代の関東の豪族で、朝廷に対抗して「新皇」を名乗り、天慶3年(940年)に討たれた。中世以降の伝説では「平親王」とも呼ばれる。右の札に「平親王将門」、その下に演じる役者「市川左団次」の名がある。初代左団次である。

左右の画面に灰色で描かれた将門たちは、術で作り出した分身、つまり影武者である。将門には自分とそっくりの影武者が6人いて、7人で行動したという伝説がある。本物を見分ける手がかりは、影武者には影が無いことだとも、女房の小宰相が漏らした、将門はこめかみだけが生身だという秘密だとも語られる。

赤い題の札は『前太平記』で始まる。江戸初期にできた通俗の歴史書で、歌舞伎の題材として盛んに使われた。署名は「応需 豊原国周筆」。この摺りは三枚続である。

ジャンル
和・アジアン
作品種別
版画
技法
木版多色摺・三枚続
制作年(画)
1890
作品サイズ
35.2 × 72.6 cm

作家プロフィール

豊原国周
豊原国周

「明治の写楽」と呼ばれた男は、生涯に八十回以上引っ越し、女房を四十人替えたと嘯いた。豊原国周(1835〜1900)——幕末から明治にかけて、役者絵といえばこの人だった。三代豊国の門で役者似顔を仕込まれ、明治の劇場が江戸の芝居小屋から近代の「歌舞伎座」へ変わっていく時代を、大判三枚続の舞台絵で伴走した。 真骨頂は九代目市川團十郎である。

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