「明治の写楽」と呼ばれた男は、生涯に八十回以上引っ越し、女房を四十人替えたと嘯いた。豊原国周(1835〜1900)——幕末から明治にかけて、役者絵といえばこの人だった。三代豊国の門で役者似顔を仕込まれ、明治の劇場が江戸の芝居小屋から近代の「歌舞伎座」へ変わっていく時代を、大判三枚続の舞台絵で伴走した。 真骨頂は九代目市川團十郎である。
1898
1872・木版多色刷/大判
1885・木版多色刷/大判三枚続