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歌川国芳宮本武蔵と巨鯨
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右の紙の枠にある詞書は、武蔵を肥後の生まれとし、のちに豊前に来て仕え、諸国をめぐって剣術を修行した人物として紹介する。そのうえで、ある時、肥前の国の海で大きな「背美鯨」を刺し止めたと記す。背美鯨はセミクジラのことで、背鰭のない背中の曲線が美しいことからこの名がある。鯨の模様も、セミクジラの特徴と合うと指摘されている。
武蔵自身は『五輪書』に「生国播磨」と書いており、出生地は播磨国とする説が主流である。肥後は、寛永17年(1640年)に熊本藩主細川忠利に迎えられ、晩年を過ごした土地にあたる。
三枚それぞれに「一勇斎国芳画」の落款と版元印「川正」がある。川正は、広重や国芳の錦絵を多く出した地本問屋、川口屋正蔵の印である。改印は村田と米良の二つで、刊行は1847〜48年頃とされる。










