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歌川国安日本橋魚市繁栄図
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日本橋の北側、本船町と本小田原町のあたりには魚河岸があった。幕府に魚を納める役目を負い、江戸の魚取引の中心として栄えた市場である。魚の取引は、関東大震災をきっかけに築地へ移った。
この図は大判の錦絵3枚続で、どの紙にも「国安画」の落款がある。左右の端の版元印は「通油町 鶴喜板」と読め、通油町の地本問屋、鶴屋喜右衛門の版である。
歌川国安は初代歌川豊国の門人である。国丸、国直とともに豊国門下の三羽烏といわれ、なかでも第一人者とされた。役者絵のほか、美人画や浮絵、合巻の挿絵も手がけている。天保3年(1832年)に享年39で没しており、この図もそれまでの作である。









