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ウジェーヌ・ドラクロワアルジェの女たち
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1832年、ドラクロワはモロッコへ向かうフランスの外交使節団に同行し、帰りにアルジェへ短く立ち寄った。そこで描いた素描には、モデルになった女性たちの名が書き込まれている。左の肘をつく女と中央の女は、同じ女性が姿勢を変えて描かれたものだという。ただし、ハレムに実際に入ったのかを疑う研究者も多い。
油彩はパリで、パリのモデルを使って描いた。衣装や装身具は、ドラクロワがタンジールやオランで買い集めたものである。右上の青と白のタイルには「ムハンマドは神の使徒」の句が書かれ、イスラム教徒の家の中であることを示している。
1834年のサロンに出品され、同じ年に国王ルイ=フィリップが買い上げてリュクサンブール美術館に入れた。1874年にルーヴルへ移っている。ドラクロワは1847〜49年に同じ場面をもう一度描いた。ピカソは1954年、この絵をもとに15点の連作を描いている。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・カンヴァス
- 制作年
- 1834
- 作品サイズ
- 180 × 229 cm
作家プロフィール

ウジェーヌ・ドラクロワ
《サルダナパールの死》が批評にこぞって退けられたあと、ウジェーヌ・ドラクロワは美術監督官から作風を変えるよう求められたが、断った。強烈な色彩と動きのある構図でフランスのロマン主義を代表し、《民衆を導く自由の女神》《キオス島の虐殺》で知られる画家である。 1798年、パリ近郊のシャラントン=サン=モーリスに生まれた。
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