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ウジェーヌ・ドラクロワサルダナパールの死
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反乱軍に囲まれた王は、女たちも愛馬も、自分の快楽に仕えたものはすべて道連れにするよう命じた。ドラクロワの代表作《サルダナパールの死》は、伝説上のアッシリア王の最期を、高さ約3.9メートル、幅約5メートルの画面に描く。
女たちを殺すこの命令は、もとになったイギリスの詩人バイロンの戯曲にはない。戯曲では、王は愛する女性ミュラとともに火に身を投じる。ドラクロワは王の最期という物語を口実に、肌や布、金銀細工、動物など、好きなものをすべて描いた。
1827〜28年の美術展サロンでは、批評家たちがこぞってこの絵を退けた。そのひとりドレクリューズは、線と色が入り乱れて目で追えず、画家の誤りだと評した。国は買い上げず、この大きさでは個人の買い手もほとんど望めなかった。絵は売れないまま18年間アトリエに置かれた。1862年に再び公開されると、詩人ボードレールは、もう一度この絵を見ると若い日がよみがえると書いた。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・カンヴァス
- 制作年
- 1827
- 作品サイズ
- 392 × 496 cm
作家プロフィール

ウジェーヌ・ドラクロワ
《サルダナパールの死》が批評にこぞって退けられたあと、ウジェーヌ・ドラクロワは美術監督官から作風を変えるよう求められたが、断った。強烈な色彩と動きのある構図でフランスのロマン主義を代表し、《民衆を導く自由の女神》《キオス島の虐殺》で知られる画家である。 1798年、パリ近郊のシャラントン=サン=モーリスに生まれた。
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