
Public domain
ウラジーミル・タトリンSailor
0
タトリンの《Sailor》について、建築家ユーリー・アヴァクーモフは、タトリンが自分を伝説の駆逐艦「ステレグーシチイ」の水兵として描いた自画像だと語る。この艦は日露戦争の1904年3月、旅順口の沖で日本の駆逐艦4隻に囲まれて沈んだ。帽子のリボンには「ТЕРЕГУЩIИ」と読める文字があり、左端の字は帽子の曲がりに隠れている。
タトリン自身も十代で見習い水夫になり、商船学校の生徒として帆船に乗った。ラリオーノフとの交友から絵に「プリミティヴィスム」の傾向が現れたころ、オデッサの水夫や漁師、商人の姿に夢中だったという。背景の人物を、イコンの縁に並ぶ小さな場面のように置く方法や、顔と服の白いハイライトには、古いロシアのイコンの描き方が受け継がれているとされる。
1911年の展覧会の評者は、この絵を見過ごした。ラキーチンは、のちの記念塔の模型にこの絵の背景が流れ込み、そこに塔の輪郭が読み取れたと書く。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- テンペラ・カンヴァス
- 制作年
- 1911
- 作品サイズ
- 71.5 × 71.5 cm
作家プロフィール

ウラジーミル・タトリン
ウラジーミル・タトリンは、高さ400メートルの塔に、1年で1回転する会議場を収めようとした。建たなかった《第三インターナショナル記念塔》や反レリーフ、羽ばたき飛行機レタトリンで知られる、ロシア・アヴァンギャルドの画家・造形家だ。 1885年、モスクワに生まれた。ハリコフ生まれとする典拠もある。
プロフィールを見る







