菱田春草は、代表作《黒き猫》を自ら「駄作黒き猫」と呼んだ日本画家である。腎臓炎による網膜炎で失明の危機に遭い、亡くなる前の二年あまりに《落葉》《黒き猫》を描いたが、慢性腎臓炎のため満36歳で没した。 明治7年(1874年)、いまの長野県飯田市仲ノ町に生まれた。明治23年(1890年)に東京美術学校へ入り、橋本雅邦や校長の岡倉天心に学んだ。
1910
1897・絹本着色
1900・絹本著色・軸装
1909・紙本著色/六曲一双屏風のうち右隻
紙本墨画/掛幅
1907・絹本著色/掛幅