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近衛信尹渡唐天神図
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天神として祀られた菅原道真が、夢のなかで宋へ渡り、径山(きんざん)の禅僧・無準師範から一夜で印可を受け、梅の一枝を持ち帰った、という伝説による図。花園大学国際禅学研究所の芳澤勝弘によれば、1400年ころに五山の禅僧がつくった話で、学問の神である道真が禅に参じたという形をとって、禅を日本に根づかせるねらいがあった。
上の和歌「唐衣おらで北野の神ぞとは袖にもちたる梅にても知れ」は、このとき天神が詠んだとされる歌。芳澤は、「唐衣」は天神の着る唐服でもあり、「おらで」には「織らで」と「折らで」が掛けてあると読む。左端の年紀「慶長庚戌」は慶長15年(1610年)にあたる。
近衛信尹は関白を務めた公家で、寛永の三筆に数えられる能書家。墨画の渡唐天神を百幅描いたと伝えられ(『古画備考』)、年紀のある作は慶長14年から15年に集中している。東京国立博物館にも同じ年紀で同じ姿の一幅があり、冠を「天」、体を「神」の草書で表した文字絵の天神像とされる。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 紙本墨画/掛幅
- 制作年
- 1610
- 作品サイズ
- 91.4 × 32.1 cm






