歌川芳房は、歌川国芳の門下で武者絵や横浜の異国人を描いた浮世絵師である。師の本の挿絵を補助し、師より先に世を去ったあと、国芳を悼む死絵に弟子の姿で描かれた。 天保8年(1837年)に生まれた。通称は大次郎で、一宝斎と号した。絵を描いたのは安政年間から万延元年(1860年)までである。 安政3年(1856年)には、《清盛布引滝遊覧義平霊難波討図》を出している。
1860・木版多色刷/大判
木版多色刷/大判三枚続