モーリス・ルイス
ボルチモアの職人街に生まれ、地元の美術学校を出たあとは長らく無名のまま、ワシントンD.C.の自宅アパートでひとり絵と格闘していた。転機は1953年、ニューヨークで見たヘレン・フランケンサーラーの一枚《Mountains and Sea》だった。希釈した絵具をキャンバスに直接流し込み、布の繊維そのものに色を染み込ませるその手法に、同行したケネス・ノーランドともども打ちのめされ、その足でワシントンに戻ると自らのアトリエで同じ実験を始める。
ルイスが選んだのはマグナという速乾性のアクリル絵具。下塗りをしていない生成りのキャンバスを床に広げ、あるいは折り曲げて傾け、絵具を薄く溶いて流す。筆で「描く」のではなく、色を「浸み込ませる」——輪郭線も筆致もそこにはない。こうして生まれたのが代表作群〈ヴェールズ〉で、幾重にも重なった半透明の色の帯が、まるで薄布を垂らしたように画面いっぱいに広がる。続く〈アンファールド〉では画面の左右両端だけに虹のような色の筋を走らせ、中央を思い切って余白のまま残した。晩年の〈ストライプス〉は、垂直に並ぶ細い色帯だけで画面を構成する、さらに削ぎ落とされた仕事になっている。
ジャクソン・ポロックのオールオーヴァーな画面構成を引き継ぎながらも、ルイスの絵にはポロックの身体的な激しさがない。色そのものが主役であり、絵具は支持体と一体化して物質性を消し、光だけが残ったかのような静けさを湛える。ノーランドとともにワシントン・カラー・スクールの中心人物と目され、批評家クレメント・グリーンバーグからも高く評価されたが、本人が国際的な名声を実感する間もなく、1962年、肺癌のため50歳で世を去った。長年ろくな換気もせずに溶剤を扱い続けた代償だったと言われている。没後、遺されたキャンバスの中から次々と未発表作が見出され、その仕事の全貌が明らかになっていったのは皮肉なことに死後のことだった。
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