
前田青邨
まえだせいそんMaeda Seison
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岐阜県中津川に生まれ、上京して梶田半古の門を叩いたのが十七歳のとき。同門には小林古径や安田靫彦がいて、この三人の交わりはのちのちまで青邨の画業を支える太い柱になる。早くから歴史画に惹かれ、《洞窟の頼朝》では、崖の陰にうずくまる源頼朝主従の緊迫を、装飾的な省略と鋭い明暗でまとめ上げた。説明を削ぎ落として場面の核だけを見せるこの手つきが、青邨様式の出発点だった。
大正から昭和にかけて日本美術院の中心作家として活躍する一方、法隆寺金堂壁画の再現模写事業では総指揮を任され、古代絵画の技法と向き合う日々を送った。イタリアに渡ってフレスコ画の現場を実見したことも、この仕事の下地になっている。伝統の再解釈に安住せず、自ら現地の壁画技術を確かめに行く姿勢は、歴史画家としての誠実さの表れだろう。
戦後は東京美術学校(のち東京藝術大学)で教壇に立ち、平山郁夫をはじめ多くの弟子を育てた。人物の輪郭に強い線を通しながら、色面は驚くほど大胆に単純化する—そのバランス感覚は晩年まで揺らがず、《良寛》のような枯淡の境地から、力士や歌舞伎役者を描いた躍動感あふれる作にまで及んだ。1955年に文化勲章を受章。九十二歳で没するまで、線と色の緊張関係を追い続けた画家だった。
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