
フランシスコ・デ・ゴヤ
Francisco de Goya
18 作品
アラゴンの寒村フエンデトドスに生まれ、サラゴサで金箔師の父を持つ家に育った。絵の手ほどきは地元の画家ホセ・ルサンから受け、二度挑んだマドリードの王立美術アカデミーには落ちている。転機はローマ留学と、宮廷画家アントン・ラファエル・メングスの下で働いた義兄フランシスコ・バイユーとの縁で、その妹と結婚したことで王立タペストリー工房の下絵描きの職を得た。狩猟や祭りに興じる庶民を描いた明るいカルトンで名を上げ、やがてカルロス4世付きの首席宮廷画家にまで昇りつめる。
しかし1793年、原因不明の重病で聴力を失って以降、その筆致は急速に翳りを帯びていく。銅版画集《ロス・カプリチョス》では、迷信や愚行に耽る人間を容赦なく風刺し、「理性の眠りは怪物を生む」という一枚で知られる。ナポレオン軍のスペイン侵攻とその後の弾圧を目の当たりにした《戦争の惨禍》、そして蜂起した市民が銃殺される瞬間を捉えた1808年5月3日は、英雄の物語を排して暴力そのものを直視した点で、絵画の歴史に新しい地平を開いた。宮廷の裏側では着衣のマハと裸のマハのような大胆な二部作も手がけ、カルロス4世の家族では美化を拒んだ辛辣な観察眼を隠さなかった。
晩年、マドリード郊外の「聾者の家」の壁に直接描いた「黒い絵」の連作――我が子を貪り食う我が子を食らうサトゥルヌスはその頂点――は、誰に見せるためでもない私的な恐怖の記録だった。1824年、政情不安のスペインを離れボルドーに亡命し、その地で没した。老いと孤独のなかで生まれたこれらの作品は、ロマン主義から印象派、表現主義、シュルレアリスムに至るまで後世の画家たちに影を落とし続けている。
フランシスコ・デ・ゴヤの作品をお持ちですか?
Cugiraで出品してみませんか?
18件






















