様式
アール・デコ
あーるでこ
アール・デコ(あーるでこ)は、1910年代から30年代にかけて、パリを中心にヨーロッパとアメリカで広まり、日本にも取り入れられた装飾の様式。名は1925年にパリで開かれた現代装飾美術・産業美術国際博覧会の略称にちなみ、「1925年様式」とも呼ばれる。曲線を多用したアール・ヌーヴォーに代わって、直線や幾何学形、ジグザグ、同心円の繰り返しを好み、キュビスム、ロシア・バレエ団の異国趣味、アステカや古代エジプトの美術などを源泉とした。家具、ガラス、宝飾、服飾、ポスターから建築にまで及び、大衆的なデザインとしても広まった。ガラスのラリック、ポスターのカッサンドル、家具のリュルマンらが代表とされ、ニューヨークのクライスラー・ビルやエンパイア・ステート・ビル、東京の旧朝香宮邸(いまの東京都庭園美術館)が知られる。第二次世界大戦で埋もれたが、1966年のパリの展覧会などを機に見直された。
出典: コトバンク「アールデコ」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典・改訂新版 世界大百科事典(海野弘)・百科事典マイペディア・日本大百科全書(高見堅志郎)、2026-10-22 取得) https://kotobank.jp/word/あーるでこ-3142704、テート「Art deco」(Art Terms、2026-10-22 取得) https://www.tate.org.uk/art/art-terms/a/art-deco、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 作品の記録「Exposition Internationale des Arts Décoratifs, Paris, 1925」(シャルル・ルーポのポスター、2026-10-22 取得) https://collections.vam.ac.uk/item/O1103502/、装飾芸術美術館(パリ)「1925-2025. One Hundred Years of Art Deco」(2026-10-22 取得) https://madparis.fr/1925-2025-One-Hundred-Years-of-Art-Deco、ペンシルベニア大学図書館 目録「Les Années 25 [i.e. Vingt-cinq] ..., Musée des arts décoratifs, 3 mai-16 mai 1966」(2026-10-22 取得) https://find.library.upenn.edu/catalog/998183423503681、コトバンク「東京都庭園美術館」(百科事典マイペディア、2026-10-22 取得) https://kotobank.jp/word/東京都庭園美術館-165415、東京都庭園美術館「旧朝香宮邸とは」(2026-10-22 取得) https://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/building/
年表・沿革
1909
- ディアギレフが主宰するバレエ・リュッス(ロシア・バレエ団)が、パリのシャトレ座で第1回公演を開く。その異国情緒あふれる舞台美術は、のちにアール・デコの源泉の一つとされる
1925
- 4月から10月まで、パリで現代装飾美術・産業美術国際博覧会が開かれ、約20か国が参加する。アール・デコの頂点とされ、様式の名もこの博覧会の略称(レ・ザール・デコ)にちなむ
- ラリックが博覧会の会場の中央にガラスの噴水塔《ガラスの水源》を作り、そのそばに自身のパヴィリオンを出す
- ル・コルビュジエが同じ博覧会に、純粋な幾何学に基づくエスプリ・ヌーヴォー館を出す。その合理的な精神は、アール・デコと一線を画すものとされる
- 7月、フランスに長く滞在していた朝香宮鳩彦王と允子妃が博覧会を見学する。全盛期のアール・デコに魅せられ、のちに自邸に取り入れる
1927
- カッサンドルが鉄道のポスター《北星号(エトワール・デュ・ノール)》を描く。簡潔な直線の構成によるこの作などで、アール・デコのポスターを代表する作家とされる
1929
- 朝香宮邸を建てる計画が動き出し、フランスの室内装飾家アンリ・ラパンに主要な部屋の内装の設計を頼む
1930
- ニューヨークにウィリアム・ヴァン・アレンの設計でクライスラー・ビルが完成する。外壁とロビーのアール・デコの装飾で知られる
1931
- ニューヨークにエンパイア・ステート・ビルが完成し、クライスラー・ビルとともにアメリカのアール・デコの典型とされる
1933
- 東京・白金台に朝香宮邸が完成する。基本設計は宮内省内匠寮の権藤要吉、主要な部屋の内装はラパン、正面玄関のガラスのレリーフとシャンデリアはラリックの作
1966
- パリの装飾芸術美術館で展覧会「25年代(レ・ザネ・ヴァンサンク)」が開かれ、図録の第1巻に「アール・デコ」の名が掲げられる。この展覧会がアール・デコへの関心をよみがえらせる
1983
- 旧朝香宮邸が東京都庭園美術館として開館する。日本で唯一現存する本格的なアール・デコ建築とされる
2015
- 旧朝香宮邸の本館・茶室・正門などが国の重要文化財に指定される
2025
- パリの装飾芸術美術館が、博覧会から100年を記念する展覧会「1925-2025 アール・デコの100年」を開く
関連人物
- ポスター作家 カッサンドル 1922〜
本名アドルフ・ジャン=マリー・ムーロン(1901〜1968)。1915年からパリに住み、1922年からポスターを制作した。幾何学的な構成のデザインでアール・デコのポスターを代表し、鉄道の《北星号》や客船《ノルマンディー号》のポスターで知られる
- 室内装飾家 アンリ・ラパン 1925〜
1873〜1939年。画家として出発し、1924年に国立セーヴル製陶所の芸術顧問と装飾美術家協会の副会長になり、1925年の博覧会で多くのパヴィリオンを企画・デザインした。朝香宮邸では大広間など7室の内装を手がけ、調和のとれたアール・デコの空間をつくった
- 皇族・朝香宮邸の施主 朝香宮鳩彦王 1925〜
1887〜1981年。1922年からフランスに留学し、事故のあと看護に来た允子妃とともに1925年まで滞在して、全盛期のアール・デコに魅せられた。1925年の博覧会を見学し、自邸(いまの東京都庭園美術館)にアール・デコを積極的に取り入れた
- 建築家 ウィリアム・ヴァン・アレン 1930〜
1883〜1954年。ニューヨークのクライスラー・ビル(1930年)を設計し、鋼の尖塔をのせて当時世界一の高さ319mに達した。外壁とロビーのアール・デコの装飾で知られる
- 服飾デザイナー ポール・ポワレ
コルセットなしの服で20世紀のファッションの基調をつくり、画家ルパープらにファッション画を描かせた。アール・デコの時代のパリのファッション界で活躍したが、1925年の博覧会を最後の見せ場に、しだいに忘れられた
- イラストレーター・舞台衣装デザイナー エルテ
本名ロマン・ド・ティルトフ(1892〜1990)。パリでポワレに認められ、大スターの舞台衣装のデザインでアール・デコ様式の代表的作家となった。そのイラストレーションを載せたモード誌がアール・デコの流行を促した
- 家具デザイナー ジャック=エミール・リュルマン
1879〜1933年。アール・デコの家具を代表する工芸家で、パリの装飾芸術美術館は、アール・デコのそれぞれの面を体現する主要な3人の一人に挙げる
- 建築家 ロベール・マレ=ステヴァンス
1886〜1945年。アール・デコの建築の担い手の一人とされ、パリの装飾芸術美術館は、その大胆な幾何学的抽象をアール・デコの傾向の一つに挙げる
- 画家・デザイナー ソニア・ドローネー
1885〜1979年。画家ロベール・ドローネーの妻で、とくにテキスタイル・デザインで活躍した。パリの装飾芸術美術館は、その大胆な幾何学的抽象をアール・デコの傾向の一つに挙げる
- グラフィック・デザイナー 杉浦非水
1876〜1965年。三越の図案部でポスターなどを手がけ、アール・ヌーヴォーを日本風にした図案のほか、アール・デコのデザインも手がけて〈非水様式〉と呼ばれた。1922年からヨーロッパを巡り、帰国後に図案家の団体 七人社を結成した
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宝飾のアール・ヌーヴォーの代表的作家から、20世紀に入ってガラス工芸に移り、作風をアール・デコ様式に変えて、アール・デコの代表的な作家となった。1925年の博覧会では会場の中央にガラスの噴水塔を作り、自身のパヴィリオンも出した。
