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流派

奥村派

おくむらは

奥村派(おくむらは)は、江戸時代中期の浮世絵師・奥村政信を祖とする浮世絵の流派。政信は菱川師宣と鳥居清信の画風を基調に一流を立て、享保の中ごろからは江戸の通塩町で絵草紙問屋の奥村屋を営んで、自らの作品を版行した。紅絵・漆絵など初期の彩色版画の改良に力を尽くし、西洋の遠近法を使った浮絵や縦に細長い柱絵を考案したとされ、享保年間には政信の様式にならう絵師が多く出た。門人に、漆絵の美人画や役者絵で知られる奥村利信と、草双紙の挿絵を描いた奥村政房がいる。

出典: コトバンク「奥村派」(精選版 日本国語大辞典、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/奥村派-2015689、コトバンク「奥村政信」(デジタル大辞泉・改訂新版 世界大百科事典(小林忠)・日本大百科全書(浅野秀剛)・百科事典マイペディアほか、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/奥村政信-17743、コトバンク「奥村利信」(日本大百科全書(浅野秀剛)・日本人名大辞典、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/奥村利信-1062913、コトバンク「奥村政房」(日本人名大辞典、2026-10-11 取得) https://kotobank.jp/word/奥村政房-1062927

年表・沿革

  1. 1701

    • 確かめられる政信のいちばん早い作品として、前年に出た鳥居清信の絵本を写した『娼妓画牒』が出た。
  2. 1724

    • このころ政信が絵草紙問屋の奥村屋を営み、自作の版画を自ら出版し始めたとみられる。
  3. 1728

    • 奥村屋が、門人の奥村利信の作品も出版するようになった。
  4. 1740

    • この年の作と推定される政信の《芝居狂言舞台顔見世大浮絵》が、西洋の遠近法を取り入れた浮絵の早い例とされる。
  5. 1741

    • 寛保・延享年間(1741〜48年)に浮絵が初めて流行し、政信と西村重長が多くの浮絵を描いた。
  6. 1747

    • 門人の奥村政房が、黒本・青本の『花重窟内裏』と『盛景両面鏡』の挿絵を描いた。
  7. 1764

    • 錦絵の時代が始まる前の年の宝暦14年2月11日、政信が79歳で没した。

関連人物

  • 政信の門人
    奥村利信

    政信の子とも弟ともいわれる。享保から寛延にかけて紅絵・漆絵の美人画や役者絵を多く描き、作画は1730年前後の十数年に集中する

  • 政信の門人
    奥村政房

    文志と号した。延享(1744〜48年)のころ、黒本・青本などの草双紙に挿絵を描いた