流派
葛飾派
かつしかは
葛飾派(かつしかは)は、葛飾北斎を祖とする浮世絵の流派。西洋画の遠近法や写生を取り入れた風景画と、肉筆画に特色がある。門人の魚屋北渓・蹄斎北馬・昇亭北寿・柳川重信や、北斎の娘の葛飾応為らが知られ、北斎の弟子は孫弟子を含めて200人に及んだとされる。
出典: コトバンク「葛飾派」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典ほか、2026-10-10 取得) https://kotobank.jp/word/葛飾派-464304、すみだ北斎美術館「北斎師弟対決!」(2020年の企画展の頁、2026-10-10 取得) https://hokusai-museum.jp/taiketsu/
年表・沿革
1794
- 葛飾北斎が、16年間属した勝川派を離れた。
1798
- 北斎が宗理の号を手放して「北斎」と号し、独り立ちして画業を進めた。
1812
- 北斎が名古屋の門人牧墨僊の家に半年ほど逗留し、のちに『北斎漫画』初編となる版下絵を300余り描いた。
1814
- 絵の手本を集めた『北斎漫画』の初編が出た。
1817
- 北斎が名古屋の西掛所(今の本願寺名古屋別院)で、『北斎漫画』の宣伝のため、120畳大の紙に達磨の半身像を描いてみせた。
1822
- 門人の柳川重信が大坂へ行き、柳川派を広めた。
1849
- 北斎が90歳で没した。
1878
- 北斎の没後も刊行が続いた『北斎漫画』が、全15編で完結した。
関連人物
- 北斎の門人 牧墨僊
名古屋藩士。北斎がその家に逗留して『北斎漫画』の版下絵を描いた
- 北斎の門人 二代葛飾戴斗
豊岡藩士。北斎から「戴斗」の号を譲られたと考えられている
- 北斎の門人 葛飾北明
北斎から印を譲られた。女性とする説もある
