法律を学んでいた黒田清輝が、画家になる決意を養父に書き送った翌日に入門した相手が、フランスの画家ラファエル・コランだった。当時のコランは官展「サロン」で成功を収めていたが、黒田はその画風に惹かれて師を選んだわけではない。入門には、黒田が、先にコランに学んでいた日本人画家の通訳を務めた縁があった。この出会いから、コランの描き方はのちに日本の洋画へ広がっていく。
1888・油彩・カンヴァス
1891
1890–1893・油彩・カンヴァス
1899・多色リトグラフ
1880–1915・油彩・カンヴァス