雪の渓谷や春の山あいに、旅人らしき小さな人影がぽつりと置かれる。伊藤孝之(1894〜1982)の風景版画を一枚めくると、まず出会うのはこの静けさだ。広大な自然を人が見上げる構図は、遠くドイツ・ロマン派の絵画にも通じる詩情をたたえ、平坦な色面を積み重ねる従来の錦絵とは明らかに異なる世界を開いている。