中川八郎(1877–1922)は、大阪で商売用の敷物の模様を描くところから絵の道に入った洋画家である。明治32年(1899年)に吉田博と渡米し、水彩画を売った旅費でヨーロッパを回った。太平洋画会の結成に加わり、文展では風景画で第1回から4回続けて賞を受けた。 明治10年(1877年)、愛媛県喜多郡天神村(いまの内子町宿間)に生まれた。