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寺崎広業秋苑
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広業が東京美術学校の助教授に迎えられた翌年、33歳のときの掛幅。東京国立博物館の解説によれば、芭蕉・萩・菊が画面に秋の気配を満たし、少女の容姿は当時、雑誌の口絵などで大流行した「当世の美少女」の典型である。幼い少女とも、編み物をしながら恋心を寄せる年頃の娘ともみえる、不思議な描き方だと同館は書いている。
広業は秋田から上京したのち、日光の旅館に身を寄せて美人画で名を挙げ、東陽堂の『絵画叢誌』で挿絵を描きながら諸派の名画を模写した。

寺崎広業広業が東京美術学校の助教授に迎えられた翌年、33歳のときの掛幅。東京国立博物館の解説によれば、芭蕉・萩・菊が画面に秋の気配を満たし、少女の容姿は当時、雑誌の口絵などで大流行した「当世の美少女」の典型である。幼い少女とも、編み物をしながら恋心を寄せる年頃の娘ともみえる、不思議な描き方だと同館は書いている。
広業は秋田から上京したのち、日光の旅館に身を寄せて美人画で名を挙げ、東陽堂の『絵画叢誌』で挿絵を描きながら諸派の名画を模写した。