明治の絵師・楊斎延一は、日清・日露戦争の浮世絵で名を上げた。《旅順砲台ニ我軍進撃之図》が売り出されたとき、旅順の陸戦はまだ始まっていなかった。戦況を知らせる絵に、起きていない戦いが描かれている。 師は浮世絵師の楊洲周延。姓は渡辺、のちに島田となり、名は次郎といった。明治20年(1887年)頃から作画を始め、美人画や風俗画を手がけた。
1895
1894・木版多色刷/大判三枚続
1904・木版多色刷/大判三枚続
1890・木版多色刷/大判三枚続
木版多色刷/大判三枚続
1896・木版多色刷/大判三枚続
1904
1899・木版多色刷/三枚続