
Public domain
エドヴァルド・ムンク病める子
0
ムンクは1877年、一つ上の姉ソフィエを結核で亡くしている。この絵はその死と結びつけて語られることが多い。ただし当時、死にゆく子どもは画家たちがよく取り上げた主題でもあった。
厚く盛った絵具と、薄く垂れた絵具の筋。筆の跡と、引っ掻いた傷やこすり取った跡。長い時間をかけて描かれ、制作の途中で手を止めたかのような表面になっている。オスロ国立美術館は、ムンクはこの絵で「未完成」の作品の名手であることを示した、と書く。
1886年の秋季展に「習作」という題で出され、非難と称賛の両方を浴びて「スキャンダラスな成功」となった。ムンクはのちに同じ場面を5点描いており、そのうちの1点を1909年にオーラフ・ショウが国立美術館へ寄贈している。1931年、館はその後年の作を、1885年から86年の最初の一点と交換した。いま見えているのが、その最初の一点である。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・カンヴァス
- 制作年
- 1885–1886
- 作品サイズ
- 120 × 118.5 cm
作家プロフィール

エドヴァルド・ムンク
叫んでいるのは絵の中の人物ではなく、世界そのものだ。オスロのフィヨルドを望む橋の上で、ムンクはある夕暮れ、空が「血のように赤く」染まるのを見た。友人たちは先へ歩いていき、彼だけがその場に立ち尽くし、自然を切り裂く果てしない叫びを聞いた気がしたという。
プロフィールを見る







