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歌川豊国初代中山富三郎
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描かれているのは初代中山富三郎(1760〜1819年)で、女の役を専門にする女形である。上方で生まれ育ち、1790年代の末から1810年代のはじめにかけて江戸で人気を得た。なよなよとした身のこなしから「ぐにゃ富」と呼ばれ、時代物より世話物、とくに傾城や女房の役を得意とした。
寛政6年(1794年)には東洲斎写楽も富三郎を描いている。写楽は大きな鼻と顎をさらに誇張し、役者の美しさを求める当時の客には不評だったという。
左下には落款「豊国画」、丸に「極」の印、菱形に「若」の印が摺られている。「極」は出版を許された錦絵に押す検閲の印で、寛政3年(1791年)から天保13年(1842年)まで使われた。富三郎がこの名を名乗ったのは1819年までなので、この摺りはその間に出たことになる。









