明の皇族に連なる血筋に生まれ、名を朱耷といった。十九歳のとき明が滅び、清の軍が南昌に迫る。王族の子という出自そのものが命取りになりかねない時代に、彼は仏門に逃げ込むようにして出家し、やがて還俗しては道士を名乗り、晩年になって「八大山人」という号を用いるようになる。
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