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萬鉄五郎裸体美人
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明治45年(1912年)、東京美術学校西洋画科の卒業制作である。萬はゴッホやマティスを雑誌の図版で知り、フォーヴィスムの色を日本で最初に自分の絵に持ち込んだ画家の一人だった。学校の評価は低く、19人中16番の成績だったと伝えられる。モデルは妻のよ志である。
萬鉄五郎(1885〜1927)は岩手県土沢の生まれで、1912年にこの絵で画壇に出た。その後キュビスムに向かい、1919年に神奈川県茅ヶ崎へ移ってからは南画や水墨も描いた。1927年、結核で42歳で没した。この絵は東京国立近代美術館にあり、重要文化財に指定されている。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・カンヴァス
- 制作年
- 1912









