京都の商家に生まれ、若くして絵師の道に入ったが、狩野派の流儀に馴染めなかったのか、早々に飛び出して独自の画風を鍛え上げた。師は高田敬輔と伝わるが、蕭白自身は室町の絵師・曾我蛇足の末裔を名乗り、狩野派とは異なる「曾我派」の正統を主張してみせた。この自己演出そのものが、すでに只者ではない。
1764
1763
1770
1750–1781・紙本金地/六曲一双屏風
1777・絹本墨画/掛幅