期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%
曾我蕭白

曾我蕭白

そがしょうはくSoga Shohaku
11 作品

京都の商家に生まれ、若くして絵師の道に入ったが、狩野派の流儀に馴染めなかったのか、早々に飛び出して独自の画風を鍛え上げた。師は高田敬輔と伝わるが、蕭白自身は室町の絵師・曾我蛇足の末裔を名乗り、狩野派とは異なる「曾我派」の正統を主張してみせた。この自己演出そのものが、すでに只者ではない。

代表作群仙図屏風は、蟇蛙にまたがる仙人や巨大な桃を担ぐ姿など、奇怪きわまる仙人群像を墨と極彩色で描き切った大作で、見る者を圧倒する筆力とデフォルメの凄みが同居する。ボストン美術館蔵の雲龍図襖絵では、渦を巻く墨線一本で龍の胴体を這わせ、余白ごと画面を呑み込むような迫力を叩き出した。伊勢地方を放浪して回った時期には、継松寺や朝田寺など各地の寺院に大作を残しており、京の画壇から離れた土地でこそ、その荒々しい筆致は存分に解き放たれたようだ。

同時代の円山応挙が写生の穏やかな美で評判を取っていたのに対し、蕭白は「画は精神が第一、技巧などは応挙にでも任せておけ」と言い放ったと伝えられる。真偽はさておき、この逸話が語り継がれること自体が、彼の絵がいかに「技巧を超えたもの」として受け止められてきたかを物語る。人物の顔は歪み、構図は破綻寸前まで攻め込み、それでいて全体は異様な統一感を保つ——理屈で割り切れない画面は、後年になって辻惟雄の著作『奇想の系譜』で伊藤若冲や長沢芦雪らとともに再評価され、江戸絵画の異端にして最高峰のひとりとして今日の名声を確立した。生前は必ずしも高い評価を得ていたわけではなく、没後長く忘れられていた時期もあっただけに、その逆転劇もまた蕭白らしいと言えるかもしれない。

曾我蕭白の作品をお持ちですか?

Cugiraで出品してみませんか?

出品する
11件