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聚光院花鳥図(室中北面 松に鶴)
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狩野永徳狩野永徳

聚光院花鳥図(室中北面 松に鶴)

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狩野永徳は、大徳寺聚光院の襖絵を父の狩野松栄と分担し、法要を営む中心の部屋「室中」を受け持った。この図は、室中を囲む花鳥図16面のうち北面にあたる。

東・北・西の三方には季節の移り変わりが描かれる。東面の梅と雪解け水は春の景を表す。北面の松と丹頂鶴の景を夏と読むか、初秋と読むかは資料によって異なる。北面の襖の奥は仏間で、聚光院を開いた僧・笑嶺宗訢の像が安置されている。

巨木を大きく描く表現は、『本朝画史』が伝える永徳の「大画」の画風そのものとされる。父の穏やかな作風から、力強く動きのある作風への転換を示す作品でもある。制作年は寺が創建された永禄9年(1566年)とされてきたが、方丈の建立年代を見直し、天正11年(1583年)とする説もある。定説にはなっていない。

作品種別
絵画
技法
紙本墨画・襖
制作年
1566

作家プロフィール

狩野永徳
狩野永徳

狩野永徳は、織田信長の安土城や豊臣秀吉の大坂城・聚楽第の障壁画を、一門を率いて描いた。城とともに大半の絵は失われたが、《唐獅子図屏風》《檜図屏風》と《上杉本洛中洛外図屏風》が、大画から細画までの仕事の幅を伝えている。 天文12年(1543年)、京都で絵師の狩野松栄の長男として生まれた。祖父は狩野派の基礎を築いた狩野元信で、幼いころから直接絵を学んだとされる。

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