喜多川歌麿が文化三年(1806)に世を去ると、その典雅な美人画をだれが継ぐのかという空白が江戸に生じた。細身で憂いを含んだ女性像を最も長く、最も多く、そして最も美しく描き継いだのが菊川英山(1787〜1867)である。文化・文政期の錦絵界にあって、彼は役者絵の劇性にも風景の叙景にも流れず、ただ「人のかたち」だけを画面の主役に据えつづけた。
1814–1817・木版多色刷/大判
1814・木版多色刷/大判
1800–1833・木版多色刷/大判
1807・木版多色刷/大判三枚続の右図
1807・木版多色刷/大判
1824–1829・木版多色刷/大判三枚続のうち一枚