錦絵といえば紅である。役者の唇、遊女の襦袢、その一点の紅がなければ江戸の版画は成り立たない——はずだった。窪俊満(宝暦7年/1757年〜文政3年/1820年)は、その紅をあえて捨てた絵師である。「紅嫌い(べにぎらい)」と呼ばれるこの選択、鮮烈な赤を退けて藍・墨・紫・雲母のうすい階調で画面を締めるやり方に、この人の醒めた美意識がまるごと表れている。
1816
1810–1819・木版多色刷/色紙判摺物
1800–1820・木版多色刷/色紙判摺物
1800–1820・木版多色刷/色紙判摺物画帖のうち一枚
1781–1789・木版多色刷/大判六枚続のうち一枚
1789・木版多色刷/長判摺物