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〔風流雪月花之内〕(月)
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歌川貞秀歌川貞秀

〔風流雪月花之内〕(月)

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月の絵なのに、この一枚に月はない。《〔風流雪月花之内〕(月)》は、歌川貞秀が師の歌川国貞(三代目歌川豊国)と手がけた、三枚をつなげて見る錦絵だ。ここにあるのは左の一枚で、満月は中央の一枚にある。題の「雪月花」は冬の雪、秋の月、春の花を指し、同じシリーズには雪と花もある。

右と中央の一枚には、国貞が「国貞改」と添えて豊国の名で署名している。国貞が豊国の名を継いだのは弘化元年(1844年)なので、この絵はそれより後、弘化年間(1844〜48年)ごろに摺られたと考えられる。

左の一枚の署名は「景色 貞秀画」だ。この字だけでは、左の一枚の女まで貞秀が描いたかどうかは分からない。師が豊国の名を継いだとき、門人の多くは師にならって名前の「貞」を「国」に変えたが、貞秀は変えなかったと伝わる。師が新しい名で署名したこの絵でも、貞秀はもとの名のまま署名している。

作品種別
版画
技法
木版多色刷/三枚続の左図
制作年(画)
1844–1848

作家プロフィール

歌川貞秀
歌川貞秀

天保4年(1833年)、歌川貞秀は鰹節5本を手に、戯作者の曲亭馬琴を訪ねて挿絵の仕事を願い出た。横浜絵や、町と海岸を高みから見渡す一覧図で知られる貞秀は、物語の挿絵も早くから手がけていた。 文化4年(1807年)に生まれ、生地は下総国布佐(いまの千葉県我孫子市)とされる。本姓は橋本、通称は兼次郎という。

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