
滝和亭
孔雀が羽を広げ、牡丹が重たげに咲き、鸚鵡が枝先で首をかしげる——滝和亭(1830〜1901)の絹本を前にすると、庭先の一角がまるごと切り取られてそこにある。江戸千駄ヶ谷の生まれ。本姓は田中、名は謙、字は子直、蘭田とも号した。幼くして佐藤翠崖に筆をとり、のちに大岡雲峰、坂本浩然に学んで、南画の描き方を体に入れていった。
二十代で長崎へ下ったことが、和亭の絵を大きく動かした。清の画家に連なる日高鉄翁につき、そこで渡ってきたばかりの明・清の花鳥画に触れる。羽毛の一本、花弁のふくらみひとつを、彼はとことん見て写した。濃彩でも水墨でも、装飾に流れず、対象の生気そのものを画面に呼び込む。1873年のウィーン万国博覧会に花鳥画を送って以来、フィラデルフィア、シカゴと海を渡り、内国勧業博覧会や内国絵画共進会でも賞を重ねた。明治26年(1893年)には帝室技芸員に任ぜられている。《孔雀図》(東京国立博物館、1892年)、《牡丹孔雀鸚鵡図》(三の丸尚蔵館、1896年)、《六義園図巻》(静嘉堂文庫美術館、1888年)、《海鶴図》(松岡美術館、1898年)。掛軸から画帖、襖絵、天井画まで手を広げ、そのデザインは漆器や金工にも使われた。
1901年に没した。美学者の滝精一は息子である。物語には後日談がある。門人の石橋和訓が1907年に渡英した折、師の下絵の一群を鞄に詰めて英国へ持ち込んだ。精密に彩色を極めたものから、竹や蘭を一気に走らせた気ままなものまで、教えのため、下描きのために遺された紙束——それが百年あまり眠ったのち、2019年にリバプールのワールド・ミュージアムで「Drawing on Nature」として陳列された。日本の外で開かれた、最初の滝和亭展だった。
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