任
任伯年
Ren Bonian
5 作品
紹興の貧しい家に生まれ、父は市井の似顔絵描きだった。任伯年は幼い頃からその筆さばきを盗み見て育ち、人の顔の骨格を一瞬で捉える目を養った――のちに彼が驚異的な速筆で知られるようになる素地は、この父の背中にある。若くして太平天国の乱に巻き込まれ、旗手として戦場を経験したという話も伝わるが、乱後は上海に流れ着き、そこで運命を変える出会いを果たす。任薫という画家に弟子入りし、続けて任熊にも学んだ(三人は「三任」と並び称されるが血縁はない)。
上海という開港都市の空気は、任伯年の画風に独特の色を与えた。西洋の石版画や写真がもたらす明暗の付け方、人物の立体感を、伝統的な没骨・写意の筆墨にためらいなく取り込んだ。花鳥も人物も肖像も等しく手がけ、一枚に数分もかけない速さで描き上げながら、線に迷いがない。《蘇武牧羊図》に見る漢代の悲劇の主人公の佇まい、《群仙祝寿図》の賑やかな群像、市井の物売りや職人を描いた小品まで、対象への距離の取り方が驚くほど自在だった。
同時代の虚谷、蒲華らと上海で交わり、海上画派と呼ばれる潮流の中心に立った。後年阿片に溺れ、体を壊しながらも筆を置かず、55歳で世を去る。その画業は若き日の呉昌碩を強く揺さぶり、金石の重みを絵に持ち込む呉昌碩の出発点のひとつとなった――上海が近代中国画の実験場になっていく、その最初の火をつけた画家である。
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