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ポール・シニャック

ポール・シニャック

Paul Signac
9 作品

パリの裕福な家に生まれ、はじめは建築を志したが、モネの展覧会に触れて画家の道を選んだ。二十歳そこそこで出会ったジョルジュ・スーラとの友情が、その後の人生を決めることになる。色を混ぜずに点で置き、目の中で混色させるというスーラの理論に飛びつき、二人でこの技法を「新印象主義」と名付けた。《グラン・ジャット島の日曜日の午後》の隣に自作を並べて発表した独立展の熱気を、シニャックは終生忘れなかった。

1891年、スーラが31歳で急逝すると、シニャックは理論家としても運動の顔としても後を継ぐことになった。1899年に著した『ドラクロワから新印象主義へ』は、色彩分割の理論的支柱としてのちの画家たちに読み継がれ、点描を単なる技法ではなく光と色の科学として語る筆致には、若き日に模写までしたドラクロワへの敬愛がにじむ。独立展の会長を長く務め、後進の作品を分け隔てなく展示に通す度量の広さで知られた。

絵筆と同じくらい舵を握ることを愛した人で、自ら操るヨットで大西洋岸からマルセイユまでフランスの港という港を巡っては、水彩でその表情を書き留めた。なかでも1892年に見出した南仏の漁村サン=トロペには家を構え、抜けるような光と碇泊する帆船を、大ぶりの色斑を敷き詰めるように描いた。この家に若いアンリ・マティスを招き入れ、フォーヴィスムの出発点となった《豪奢、静寂、逸楽》の制作に立ち会ったことも、この画家の隠れた功績のひとつだろう。アンリ=エドモン・クロスら次の世代の点描画家たちにとっても、シニャックは技法と生き方の両方で道しるべだった。晩年はより自由な筆致に移りながらも、色彩への探究心は最後まで衰えなかった。

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